2022年、日本の電力小売市場から83社の新電力が姿を消しました。

ロシアによるウクライナ侵略をきっかけとした国際燃料価格の高騰は、日本のエネルギー市場にも深刻な打撃を与え、特にスポット市場に調達を依存していた事業者は、仕入価格が販売価格を上回る「逆ザヤ」の常態化により、事業の継続そのものが困難になりました。

この危機から得られた教訓を制度として形にしようとしているのが、現在議論が進む「量的供給力確保義務」です。本連載では、この新制度の意味するところを理解し、小売電気事業者が今から何を準備すべきかを、全5回にわたって実務の視点から解説します。

83社退出が突きつけた構造的課題

2022年1月以降、休止・廃止・解散に至った新電力は83社にのぼります(2023年12月末時点)。

この数字が意味するのは、単なる市場環境の悪化ではありません。資源エネルギー庁の分析によると、退出した事業者には明確な共通パターンがありました。それは、中長期的な調達先の確保が著しく低かったということです。

2020年度供給計画のデータに基づくと、退出事業者のうち3年後の調達先を1割未満しか確保していなかった事業者は76%にのぼりました。全体平均の51%と比較しても、その差は歴然としています。1年後の調達で見ても、退出事業者の68%が確保率1割未満であったのに対し、全体では42%でした。

ポイント

退出は「不運」ではなく「構造」の問題でした。将来の調達を事前に確保する仕組みを持っていなかった事業者が、市場の急変動に耐えられなかったのです。

量的供給力確保義務 ── 制度の基本構造

この教訓を踏まえ、資源エネルギー庁は小売電気事業者に対して「量的供給力確保義務」の導入に向けたとりまとめを進めています。制度の骨子は以下の通りです。

義務水準(とりまとめ案)

時点 確保率 内容
N-3年度前 50% 需要(販売実績ベース)の50%をスポット市場以外から確保
N-1年度前 70% 需要(販売実績ベース)の70%をスポット市場以外から確保

対象

全小売電気事業者が対象です。ただし、販売電力量が5億kWhを下回る小規模事業者に対しては、運用開始から一定期間、義務水準の軽減措置(N-3: 2.5割、N-1: 5割)が講じられます。

確保手段

義務の達成に使える調達手段は多岐にわたります。

  • 相対契約:発電事業者との長期電力購入契約(PPA)
  • 電力先物取引:TOCOM・EEXでの先物取引(現物確保が基本。先物の扱いは引き続き検討)
  • 中長期市場取引:卸電力取引所の先渡市場(中長期取引市場は2028年開設予定)
  • 自社電源:自社保有の発電設備
  • 共同調達(BG):需要バランシンググループによる合算評価

適用開始

2030年度の供給計画からの適用開始が想定されています。

なお、制度の詳細な設計については、資源エネルギー庁の電力システム改革の検証を踏まえた制度設計WGにおいて議論が進められています。本連載では制度の全容を網羅するのではなく、事業者として何を準備すべきかに焦点を当てて解説していきます。

「制度対応」ではなく「事業戦略」として捉える

量的供給力確保義務は、一見するとコンプライアンス上の「負担」に映るかもしれません。しかし、この制度の本質を正しく理解すると、別の景色が見えてきます。

2022年の危機は、制度の有無にかかわらず起こりました。そして、同様の市場急変は今後も起こりえます。国際情勢、燃料価格、気候変動 ── 不確実性の要因は増えることはあっても、減ることはありません。

制度対応のために仕方なく調達体制を整えるのではなく、調達リスク管理能力そのものを事業の競争力として構築するという発想が重要です。

実際に、先行して調達ポートフォリオの分散とリスク管理体制の整備を進めた事業者は、2022年の危機を比較的軽微な影響で乗り越えています。「制度ができるから対応する」のではなく、「事業を守るために管理する」── その延長線上に制度への対応がある、という位置づけが適切です。

2030年までのロードマップ

制度の適用開始は2030年度ですが、そこから逆算すると、準備を始めるべき時期は想像以上に近いと言えます。

時期 マイルストーン
2026年秋 供給計画の様式改正案が確定
2027年度 新様式での供給計画提出開始
2028年 中長期取引市場の開設
2029年 2030年度供給計画の達成状況の確認開始
2030年度 量的供給力確保義務の本格適用

第4回WG資料4のスケジュール案によれば、運用開始は2030年2月提出の2030年度供給計画から。最初のN-1判定対象は実需給年度2030年度(7割確保)、最初のN-3判定対象は実需給年度2032年度(5割確保)です。準備期間は実質3年強しかなく、調達戦略の策定・取引先との交渉・管理体制の構築を考えると、2026年中にはアクション開始が必要です。

まとめ

量的供給力確保義務は、2022年の市場混乱で明らかになった「スポット依存モデルの脆弱性」を制度面から補強する取り組みです。

83社の退出という事実は、調達リスク管理が小売電気事業の生死を分ける要素であることを証明しました。新制度の導入を契機に、自社の調達体制とリスク管理能力を見直すことは、義務対応にとどまらない事業戦略上の意義を持ちます。

次回は、退出事業者のデータをさらに深掘りし、「市場退出のパターン」と「生存事業者に共通する調達行動」を分析します。自社がどちらのパターンに近いのか ── データに基づいて検証していきましょう。

出典:
資源エネルギー庁「電力システム改革の検証を踏まえた制度設計WG とりまとめ」(2026年3月)/第4回 制度設計WG(2025年8月8日)資料4
資源エネルギー庁「2021年度供給計画」に基づく調達先確保割合データ

※義務水準・履行措置等の詳細は今後の検討で精緻化される予定です。