「開放」表明から10日で何が変わったか

前回の速報(Vol.3:4月18日付)では、アラグチ外相の「開放」表明直後、約20隻がホルムズ海峡へ向かいながら大半が引き返したことを報じた。あれから10日——状況は楽観からは程遠い。

4月22日、イランはコンテナ船 MSC FRANCESCA を拿捕した。AIS信号を切った状態での通航を狙ったが失敗に終わった事例だ。2月28日の危機発生以来、攻撃・拿捕された船舶の累計は34隻に上る(Windward AI、2026年4月26日)。「開放」後も実態はほとんど変わっていない。

4月18日以降の主な出来事

  • 4月22日:イランがMSC FRANCESCAを拿捕。累計被害船舶34隻
  • 4月23日:米・イランが互いに商船を拿捕する「デュアル封鎖」状態が明確化(CNBC報道)
  • 4月24日:Baker Hughes「完全正常化は2026年後半以降」と公式見解
  • 4月24日:米国がLPGタンカー LPG SEVANをアラビア海で拿捕
  • 4月25日:19隻が通航(うち内向き5隻・外向き14隻)。AIS全艦アクティブで「暗い通航」なし
  • 4月25日:Goldman Sachs「maritime trench warfare」→「sloppy peace」シナリオを提示

「デュアル封鎖」とは何か

4月13日以降、米国はイランの港湾へ出入りする船舶への海上封鎖を開始した。これにより海峡では奇妙な構図が生まれている。

主体 行動 対象
イラン(IRGC) 海峡内で商船を攻撃・拿捕。通行料(100万ドル超/隻)を要求 米・イスラエル関連とみなした商船
米国(海軍) イラン港湾への出入りを封鎖。イラン関連船舶を拿捕 イランの「影の艦隊」と疑われる船舶

出典:CNBC(2026年4月23日)、Windward AI(2026年4月26日)

結果として、商船は「どちらの封鎖にも引っかかるリスク」を抱えたまま航行を迫られている。大手海運各社が通過を慎重に判断していることの根本的な理由がここにある。

Goldman Sachsが描く2つのシナリオ

Goldman Sachs Global Instituteの共同責任者ジャレッド・コーエン氏は、現在の状況を「海上塹壕戦(maritime trench warfare)」と表現した(Fortune、2026年4月25日)。双方が経済的強制力で相手の降伏を待つ消耗戦であり、明確な勝者が出るまで続く構造だという。

コーエン氏の見立てでは、最終的な落ち着き先は「ぎこちない平和(sloppy peace)」だ。すべての大きな問題で「半分の解決策」が積み上げられ、完全な解決には至らない。

「ぎこちない平和」の特徴(Goldman Sachs, 2026年4月)

  • タンカーは海峡を通航できるが、イランはいつでも再閉鎖できる状態が続く
  • イランは弾道ミサイル1,000〜2,000発を保有したまま核の一部凍結に応じる
  • コーエン氏:「イランの体制が崩壊しない限り、海峡がかつてのように開かれることはない」

この見通しが正しければ、「海峡が開いた=調達リスクが消えた」という判断は危険だ。不確実性のレベルが下がるだけで、リスク自体は構造的に残り続ける。

業界の正常化見通し:後半以降が多数派

複数の業界アナリストが正常化の時期について見解を示している。

調査・機関 見通し
Baker Hughes(CEO発言) ホルムズ海峡の完全正常化は2026年後半以降
Rystad Energy 石油フローが危機前水準の90%に戻るのは7月頃
Dallas Fed エネルギー調査 石油・ガス経営幹部の約80%が「8月以降も閉鎖継続」と回答

出典:CNBC(2026年4月24日)、Dallas Federal Reserve Energy Survey

4月25日は19隻が通航し、前週比では回復の兆しも見られる。しかしAIS(船舶自動識別装置)をあえてオフにした「暗い通航」が消えたのは好材料だとしても、通航数はいまだ危機前の水準を大きく下回っている。

日本の電力市場への「非対称的なリスク」

ここで重要なのは、日本がホルムズ海峡に対して電力(LNG)と石油で全く異なる脆弱性を持つという点だ。

分野 ホルムズ依存度 リスク評価
LNG(発電燃料) 約6.3%
主要供給源:豪州39.7%、マレーシア14.8%
相対的に低い。主要供給源がホルムズを経由しない
原油(石油製品) 中東産の約70%がホルムズ経由
日本の原油輸入の95%が中東産
極めて高い。長期化すれば経済全体に波及

出典:Zero Carbon Analytics(2026年)、ISVD Japan Energy Security Report

「電力は比較的守られているが、原油こそが急所」という非対称性は、電力市場だけを見ていると見落としやすいリスクだ。石油製品の高騰は輸送コスト・製造コストを通じて需要側を直撃し、電力消費パターンにも波及しうる。

さらに、長期化シナリオでLNG JKMスポット価格が最大170%上昇するとの試算もある(Zero Carbon Analytics)。2022年の価格急騰では日本の家庭用電気料金が25.8%上昇し、政府は約17兆円規模の補助金を投入した。あの教訓がいま再び問われている。

小売電気事業者は何を見るべきか

「停戦=リスク終了」という正常化バイアスを警戒しながら、以下の3点を注視することを勧める。

  1. LNG JKMスポット価格の動向
    停戦後も価格が高止まりしているなら、それは市場が「実質的な封鎖は続いている」と判断していることを意味する。価格の持続的な下落が確認されてから判断しても遅くない
  2. 核交渉の進捗(60日以内の包括合意の有無)
    パキスタン仲介によるイスラマバード協議では、覚書締結後60日以内に包括合意に至る可能性が議論されている。合意の報道があれば、中期的な調達リスクが大幅に低下するシグナルになる
  3. 大手海運各社の再開判断
    現在も独ハパックロイドなど大手が通過を慎重に検討している。大手海運の定期便が再開した時点が、実質的な「海峡正常化」の最も確実なサインになる

いまの状況を一言で言えば

「停戦は合意されたが、封鎖は続いている」。米・イランが互いに商船を拿捕し合う異常な構造が解消されない限り、LNG調達の本質的なリスクは変わらない。Goldman Sachsが描く「ぎこちない平和」が正しければ、これは今年いっぱい続く可能性がある問題だ。

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